あのひと



「猿野くん。」

野球部の練習が、監督の都合で速く終わったある日。
校門を出ようとする猿野天国とその友人である1年生部員たち、
そしてこの日は珍しく一緒だった女子マネージャーたちは。
一人の女性に声をかけられた。


「江美…先生。」
天国は呆然とした表情で彼女を見た。


「どうしたっすか猿野くん?」
いち早く天国の様子を察した子津は、天国に声をかける。

「兄ちゃん?
 先生って言ってたけどこのひとって先生なの?」
兎丸も同様に質問した。
「ああ、中学ン時の担任。」

そう。天国が先生と呼んだ彼女は。
兎丸と同じくらいの小柄な女性で、大人しげな少女のような人だった。
少し面影が凪に似ている。

そんな風に見えた。

「どうしたんすか?十二支に何か…。」
「違うの…君に少しね。
 ちょっと、いいかしら?」
女性は申し訳なさそうに微笑むと、そう言った。


「…はい。
 あ、悪いなおめーら。
 今日、オレちょっと外れるわ。」
天国は女性の申し出に応じると、周りの皆に謝罪する。

「そっか、仕方ないっすね。」
「う〜〜ん残念。」
「仕方ありませんよ。猿野くんの恩師の方のご様子ですから。」
「…せいぜい叱られてくるんだな。」
「うっせー!!そんなんじゃねーっての!!」
遠慮のあるのとない言葉をかけられ、天国が女性の方に歩を進めた時。
一段と遠慮がちな声がかけられた。
「あ、あの猿野さん。」


猿野の公言する想い人。
鳥居凪だった。


「はい?」
天国は凪のか細い声にすぐに気がつき、嬉しそうに笑みを向ける。


「また、明日も…頑張りましょうね。」

「はい!」



##############


「あ〜〜あ。
 兄ちゃんいないとつまんないよ〜〜。」
天国や他のメンバーと別れたあと、兎丸はなんとなくぼやく。
結局その日はどこにも寄らずに解散となったのだ。

「それにしても凪ちゃんもだいぶ積極的になってきてるなあ。
 こりゃうかうかしてらんないよ。」

そう思いながら、帰途をたどっていると。

先程別れたばかりの姿が眼に入った。
公園のベンチで、先程の「先生」と座る天国の姿が。



##############

「そっか…結婚するんだ。」
「うん、君に伝えておきたいなって思って。」

彼女はうっすらと頬を染め、俯きながらも幸せそうに言った。

「わざわざありがと。
 結婚式には…その日試合だから行けないけど。」
「ん、それは…残念だけど。
 無理にって言うことはできないし。」

「ったく相変わらず控えめすぎっすよ。」


「…そうね、もう少し積極的なら…君の傍にずっと居られたかもしれない?」
「……先生?」
「あの時…私が知られるのを怖がらなかったら…。
 今でも傍に…。」
彼女の小さな声に少しずつ熱がこもる。


すぐに分かった。
まだ彼女は…。


「…先生、相手の人のこと愛してる?」

天国の声が静かに響いた。


すると、彼女は一瞬眼を見開き、そして落ち着いた表情に戻る。

「ええ。愛してるわ。」


「そっか。ならいいじゃん。」

天国は鮮やかに微笑んだ。


###########

「……。」

二人の様子を見ていた兎丸は、声も出せずに呆然としていた。
あの天国が。
少女のようとはいえ、教師と。
しかも今の表情は…。
今まで野球部では見せたこともないような。
優しくて、暖かくて。
無条件に包み込んでくれる、でも甘やかすだけではなくて。
どこか自分たちの尊敬する主将にも似た。


「…なんで、あんなに…。」


「綺麗だろ?」

「わ!」

呆けていた兎丸の後ろから突然声がかかった。
いつの間にいたのか、そこには天国の親友である沢松がいた。

「さ、沢松くん?!」

「よ。」

沢松は面白いものを見たという表情を満面に浮かべて、兎丸に笑う。
だが、次の瞬間、沢松は真剣な表情になり、こう言った。


「今の事、言いふらすんじゃねーぞ?」

「え…?」

「あの先生はもう結婚するし、天国は天国で別に好きな人がいる。
 これからも天国と野球したかったら余計な事言うんじゃねえぞ?」

兎丸は、沢松の様子に圧され、ただ一つ頷いた。


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「あんな顔…するんだ。」

兎丸は自宅に帰ると、一息ついて先程の出来事を思い出す。
思い出すと鼓動が早くなっていく。


「ずるいよ…。」

まだあんな一面を隠してるんだなんて。
今まで知っているだけでも、好きで好きでたまらないのに。
もっともっと彼のことを好きになってしまう。

そして、思い知る。
自分も、そして十二支の野球部の全員も。
まだあのひとの一部しか知らない事を。


そして渇望する。
もっともっとあのひとが知りたい。

あのひとの傍にいたいと。


                           end



何か思ったよりびみょ〜〜なシリアスになりました。
久々にミスフル小説アップです。
もっと更新速度早くしないと…。
昴さま、本当に遅くなって申し訳ありませんでした!!
今回はハン猿要素を含めつつも、自分ではあんまり天国を変えてるという感じはなかったです。
沢松が口止めしたのはあくまで「天国が先生と付き合っていた」ことであって、
天国がいつもと違っていることではないんです…。これ。
しっかりとした表現が出来てなくて本当に申し訳ないです。

こんな奴で本当にすみません!
これからもミスフル好きでいてくださいねv切実です…。

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